{148}Keller, 1987
ARCSモデルの概論。
ARCSモデルとは、特に教材利用や指導に関する動機付けの変動を言語化するために開発された実用に耐えるモデルであり、期待値理論を根源にする。なぜあの指導は魅力的なのか、どうすれば指導が魅力的になるのかを、4つの要素とそのサイクルという観点から観る。
ARCSモデルはそれ自体が行動変容モデルではなく、学生に自発的行動のための方法を教えるためのものでもない。指導や教材利用に関するメタ認知方略の参照としての利用を想定している。これに従えば動機付けが湧くという使い方ではなく、どうすれば自分のそれが動機付けを触発するものになるのかを考える時の言語化のサポートとして機能するようなイメージ。
なので、これを取り入れた指導方法は基本的に、今の動機付けの状態がどのようなもので、どうすれば目標達成のための動機付けが得られるか、という手続きのもと行われる。言語化の支えに過ぎないので、すでにこれに取り組んでいる人には有用ではなく、これを知らない人にとっては貴重な教材となる。また、モデルの性質上、意欲向上に主眼を置いており、成績向上に焦点が向きづらいことを留意するべきである。
構成要素。ARCSモデルは、人が意欲的になり、それを維持させるために満たすべき4つの条件を定義している。
注意(Attention)。注意の焦点を操作し、これを維持すること。注意を引くだけでなく、生徒のニーズにこたえ知的好奇心を喚起する必要があるが、やりすぎるとそれ自体が目的になってしまうので調節は必須である、目的はあくまでも指導への意欲の増進である。
関連性(Relevance)。「なぜこれを勉強しなければならないのか」という問いへの返答。SDTにおける同一視的調整を確保するための動機に近い概念だろう、それが生徒自身にとって関連性のあるものであり、学ぶための一定以上の理由付けがなされた状態を目指す。
自信(Confidence)。自身に与えられた課題がどれだけ達成可能かを主観的に判断したもの。自己効力感に近しい概念。自身のある人は成功の原因を努力に帰属し、課題活動への関与を示し、間違いを犯しても楽しむ傾向にある、これだけ聞くと自律性志向やマスタリー目標のそれである。これを育てるためには、「努力すればある程度の成功は可能である」ことを知覚させる必要がある。
満足度(Satisfaction)。実行により得られる内的報酬。達成感とか、有能感の知覚とか。上記の3つによりこれが満たされやすい状態を作り、またこれの獲得が上記3つをより良いベクトルに向ける。獲得できなければ動機付けは徐々に弱化される。満足度を妨害するような外発的報酬はあまり好まれない。「報酬があることを伝えられると、時に憤慨することがある」の文脈より、CETの内発的動機付け阻害の報酬とほぼ同じ概念と捉えられる。
以下に4つの要素の具体例を直訳したものを記載する。
〇注目戦略
A1: 不一致、矛盾
A1.1 学習者の過去の経験と矛盾するような事実を紹介する。
A1.2 ある概念を例証していないような例を提示する。
A1.3 2 つの同じようにもっともらしい事実または原則を紹介する。
A1.4 悪魔の代弁者を演じる。
A2: 具体性
A2.1 重要な対象物や一連の考え方、関係性を視覚的に示すことができる。
A2.2 指導上重要なあらゆる概念や原則について例を挙げることができる。
A2.3 内容に関連した逸話、ケーススタディ、伝記などを用いる。
A3: 多様性
A3.1 スタンドアップデリバリーでは、声のトーンを変え、体の動き、ポーズ、小道具を使う。
A3.2 聴衆の注意力に合わせて、指導の形式(情報提示、練習、テストなど)を変える。
A3.3 指導の媒体(プラットフォーム配信、映画、ビデオ、印刷物など)を変える。
A3.4 ホワイトスペース、ビジュアル、表、異なる書体などを使用して、印刷物を分割する。
A3.5 プレゼンテーションのスタイルを変える(ユーモラス-シリアス、速い-遅い、大きい-柔らかい、能動的-受動的など)
A3.6 生徒と講師の相互作用と、生徒と講師の相互作用の間を変える。
A4: ユーモア
A4.1 適切な場合、冗長な情報提示の際に言葉遊びを用いる。
A4.2 ユーモラスな自己紹介をする。
A4.3 説明や要約にユーモラスな例えを使う。
A5: 探究
A5.1 創造的なテクニックを使って、学習者に通常とは異なる類推や関連付けをさせる。
A5.2 定期的に問題解決活動を取り入れる。
A5.3 学習者の好奇心や探究心に訴えるトピック、プロジェクト、課題を選ぶ機会を与える。
A6: 参加
A6.1 学習者の参加を必要とするゲーム、ロールプレイ、シミュレーションを使用する。
〇関連性戦略
R1: 経験
R1.1 その指導が学習者の既存のスキルに基づいていることを明示する。
R1.2 過去の経験から学習者になじみのある例えを使用する。
R1.3 学習者の興味を調べ、指導に関連付ける。
R2: 現在の価値
R2.1 将来の目標につなげるための価値とは異なる、その内容を学ぶことの現在の本質的な価値を明示する。
R3: 将来の有用性
R3.1 その指導が学習者の将来の活動にどのように関係するかを明確に述べる。
R3.2 学習者自身の将来の目標(フューチャーホイール)に、その指導を関連づけるよう学習者に求める。
R4: ニーズマッチング
R4.1 達成への努力行動を高めるために、適度なリスクのある状況下で、卓越した基準を達成する機会を提供する。
R4.2 権力動機に対応した指導を行うために、責任、権限、対人的影響力の機会を提供する。
R4.3 所属の欲求を満たすために、信頼を確立し、ノーリスクで協力的な相互作用の機会を提供する。
R5:モデリング
R5.1 コースの卒業生を熱心なゲスト講師として招く。
R5.2 セルフペースコースでは、最初に終了した人を副チューターとして起用する。
R5.3 教える科目に対する熱意をモデル化する。
R6: 選択
R6.1 目標を達成するための有意義な代替方法を提供する。
R6.2 自分の仕事を整理するための個人的な選択肢を提供する。
〇自信の戦略
C1: 学習要件
C1.1 明確に示された魅力的な学習目標を教材に取り入れる。
C1.2 明確に示された目標に基づいた自己評価ツールを提供する。
C1.3 成果の評価基準を説明する。
C2: 難易度
C2.1 教材を難易度の高い順に構成する。つまり、「克服可能な」課題を提供するように教材を構成する。
C3:期待
C3.1 ある程度の努力と能力があれば成功する可能性があることを示す。
C3.2 目標達成につながる学習計画の立て方を指導する。
C3.3 生徒が現実的な目標を設定できるようにする。
C4: 帰属
C4.1 適切な場合(つまり、それが真実であるとわかっている場合)、生徒の成功を運や課題の容易さではなく努力の賜物であるとする。
C4.2 生徒が、成功した場合も失敗した場合も、その原因を適切に言語化できるよう努力することを奨励する。
C5: 自信
C5.1 生徒がスキルを学んだり練習したりする際に、ますます自立する機会を与える。
C5.2 生徒に、リスクの少ない条件下で新しいスキルを学ばせるが、現実的な条件下で十分に学んだ課題の実行を練習させる。
C5.3 生徒に、卓越性の追求は、完璧でないことは失敗であるという意味ではないことを理解させる。
真の達成感を味わうことを学ぶ。
〇満足度戦略
S1: 自然な結果
S1.1 生徒が新しく習得したスキルをできるだけ早く現実的な場面で使えるようにする。
S1.2 難しい課題を達成した生徒の内発的な誇りを口頭で強化する。
S1.3 課題を達成した生徒が、まだ達成していない他の生徒を助けることができるようにする。
S2: 予期せぬ報酬
S2.1 本質的に興味深い課題を達成した生徒には、予期せぬ、非条件の報酬を与える。
S2.2 退屈な課題には、外在的で予期された報酬を与える。
S3: ポジティブな結果
S3.1 上達や達成を言葉で褒める。
S3.2 生徒に個人的な注意を向ける。
S3.3 すぐに役立つ有益なフィードバックを与える。
S3.4 課題を達成した直後に、やる気を起こさせるフィードバック(賞賛)を与える。
S4: 否定的な影響
S4.1 課題遂行を得る手段として、脅しを使うことを避ける。
S4.2 (肯定的な注意とは対照的に)監視を避ける。
S4.3 学生が自分自身の仕事を評価することが可能な場合は、外部からの成績評価を避ける。
S5: スケジューリング
S5.1 生徒が新しい課題を学習しているときは、頻繁に補強を行う。
S5.2 生徒が課題をより上手にこなせるようになったら、断続的な補強を行う。
S5.3 補強の間隔と量を変える。
参考文献
Keller, J.M. Development and use of the ARCS model of instructional design. Journal of Instructional Development 10, 2–10 (1987). https://doi.org/10.1007/BF02905780