「ゲーム心理学」知見保管庫

「ゲーム心理学」の参考文献等を投稿します。

{38}要約:Deci and Ryan. 2000

動機付けに関する心理学について、2つの理論が欲求という概念を採用した。生理的欲求のうち組織の欠乏をもたらすものが動機付けとなる動因低減説と、後天的な心理的欲求が動機付けとなる欲求理論(murray needs theory)だ。これに対し、自己決定理論(SDT)は欲求を生得的かつ心理的なものであると定めた。

SDTは「生来、人間は活動的で成長志向であり、自身の精神的要素を統合しより精巧な意識を持ち、社会に自分を適応しようとする傾向がある」との前提をもとに「ただし、この傾向は心理的欲求の充足により維持され、欲求不満の時には代償的・防衛的な反応に置き換わる」などの議論を展開する。

動因低減説は興味本位の行動の動機をうまく説明できないが、SDTは上記の前提を以てこれを説明する。また動因低減説はすべての行動を欲求充足のための行動として扱うが、SDTはすべての行動が欲求充足のためにあるわけではないとしている。もう1つ、生理的欲求の阻害は充足をより強く訴えるが、心理的欲求の阻害は代償的・防衛的な反応を引き起こす。

欲求を後天的なものとして扱う欲求理論には、欲求に『強さ』や個体差の概念がある。欲求を生得的なものとして扱うSDTには、そうした概念は特に設けられていない。SDTは心理的欲求を発達に不可欠な要素として考えているからである。SDTが考慮できる個体差は、欲求充足と欲求不満の差分である。

初期の研究において、内発的動機付けは「動作的に分離可能な結果を必要としない」「心理的欲求に基づく」機能であると定義づけられた。欲求充足はこれを促進し、欲求不満はこれを阻害する。

自律性について。実験により、金銭的報酬が対象の内発的動機を損なうことが確認された。研究者はこれを因果関係の認知的所在(物事の起点がどこにあるか、誰がこの因果を制御できるか、など)が関係していると考察、自律性充足の必要性と結び付けた。また、自律性は単なる独立への欲求ではなく、自発的であることへの欲求である。

有能性について。実験により、肯定的なフィードバックはフィードバックなしと比べて内発的動機付けを高め、否定的なフィードバックはフィードバックなしと比べて内発的動機付けを弱めることが確認された。この結果は、有能性充足の必要性を示唆した。

また、肯定的なフィードバックは、活動に対して責任を感じている場合または自律性を充足する環境の場合のみ内発的動機付けを促進する効果がある。

関連性について。その重要性は愛着理論にも含有されている。安全な人間関係の基盤は内発的動機付けを促進すると考えられている。

 

SDTは外発的動機付けについて、常に支配的ではなく、内在化のプロセスを経ることで段階的に変化しうると仮定した。段階は支配的な順に、外的調整、取入れ的調整、同一化的調整、統合的調整の4つが設けられている。また、動機付けを欠いている非意欲の項目も設けられている。内在化のプロセスは自然発生せず、心理的欲求の充足により変動する。内在化された動機付けは幸福面や能率にポジティブな効果をもたらす。

因果関係志向について。これは対象が持つ動機付けの志向について、その差分を計る試みである。自律性志向,統制的志向,非人格的志向の3項目を設け、自律性志向の人は行動と人格の一致度が高く幸福度も高いが、非人格的志向は外的因果の所在を強く認知し幸福度も低い傾向にあった。

所属や自己成長を目標とする内在的願望と、富や名声を目標とする外在的願望の比較について。幸福感を軸に計った場合、内在的願望の追求および達成は利益をもたらすが、外在的願望の追求および達成はほとんど利益をもたらさない。

このことから、努力の追求が自律的か支配的か、追求する目標が内在的か外在的かにより、幸福感や能率は左右されると考えられる

追求する目標の内容は文化的要因によっても異なる。が、これは心理的欲求の充足手段や結果発生する産物が異文化間で異なることを指し、心理的欲求の充足が内発的動機付けまたは幸福感や能率につながるという経路を脅かすものではない。また、文化が心理的欲求の充足に干渉する場合、差別的に支持されたり、破壊されたりする。

欲求不満の状態が継続した時、金銭や物々などの欲求代替物の要求、統制的志向や非人格的志向の選択、摂食障害などの硬直した行動パターンなどが生じるようになる。これらは対象を心理的欲求の充足からさらに遠ざけ、自滅的なループに陥らせる。

 

以下は心理的欲求の進化学的考察である。

自律性の欲求は、行動の自己規制や生物の行動目的の一貫性に対する傾向の表れである。自身を効率よく制御し、生存に有意な立ち回りを行うため、自身に関する意思決定の権限を欲する。行動が非自律的な場合、悲惨な状況に誘導される可能性があるため、それを避けるための手段としても受けとれる。

有能性の欲求は、探索・行動・認知・運動に対する報酬として設けられている。自身による世界への操作が有効であることに悦びを見出した場合、それらの操作に正の強化が成される。進化的適応環境に対象が身を置いていた場合、それらの行為は生存または生存のためのスキル向上に直結すると考えられる。

関連性の欲求は、生存のため、子孫の保護のため、他者とのつながりを比較的広く持つ傾向に起点を置く。つながりを感じ、集団のニーズや規範を内在化し、集団とともに行動することは、進化的適応環境において有意であったと考えられる。また、集団への内在化を求める関連性と個人の統合を求める自律性は、時に競合する。

 

以下、動機付けに関する理論へのコメント。

Terror Management Theory(TMT)は、死への恐怖からの回避が人間の中心的な動機付けとする理論である。動因低減論と同じく、TMTは興味本位の行動をうまく説明することができなかったが、その問題を解消しようと新しいモデルが提案された。

自己制御方略は、動機付けを接近対回避・活性対抑制、の二次元で整理し、好ましくない結果を回避する場合と好ましい結果に接近する場合とでは、調整の性質が異なると主張した。接近対回避は自律的調整と統制的調整の区別を説明できるともあるが、この反証を行うに足る証拠がある。

達成目標理論は、競争と成長の対比の観点から目標追及を区別する理論を提唱する。他者の能率や評価を比較対象とする遂行目標と、自分(の能力)を比較対象とする熟達目標の2つが提唱されている。遂行目標は外発的動機付けと、熟達目標は内発的動機付けと相関関係にある。

フロー理論とは、ある活動に完全に没頭し活動の目的が活動そのものになる状態を『フロー』と定義している。フロー状態は内発的動機付けの原型とも言え、その内容は自律性または有能性の充足と類似している。

愛着理論は、乳幼児とその養育者の関係がその後の他者との関係の原型になり、幸福や健康に影響を与えていると仮定している。接近を求めるのは一様であり、その妨害は病気になるという知見は、関連性の欲求の考えと一致している。

 

 

参考文献

Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The "what" and "why" of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.