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{37}要約:Maarten Vansteenkiste, Richard M. Ryan 2020

本論文は5つのテーマを主に議論を展開する。SDTの心理的欲求の拡張の可能性について、欲求不満と不適応について、心理的欲求と身体的欲求の相互作用について、欲求支援と欲求妨害の実践について、SDTモデルの普遍性について。

SDTの心理的欲求の拡張の可能性について。現在定められている自律性・有能性・関連性の他に、新たな心理的欲求の項目を追加しようという試みがある。その項目が心理的欲求として追加されるには、SDTの根幹である「人間は自我をより精巧で統一されたものにしようとする生得的な傾向を持つ」という仮説に則った複数の判断基準を突破する必要がある。新規性や道徳性など、『入試』を突破した項目は複数あるが、それを心理的欲求として定めるのは早計であり、普遍的かどうか、独立変数であるかを、長い時間をかけて見定めるべきである。

欲求不満と不適応について。基本的心理的欲求理論は過去10年の間に、SDTの『暗黒面』、つまり欲求を阻害する条件や欲求不満の体験である不適応的反応に焦点を当てた研究が飛躍的に進んだ。欲求充足の存在は欲求不満の不在を意味しないが、欲求不満の存在は欲求充足の不在を意味するという不釣り合いな関係が観測されたことで、これまでの欲求充足とその不在という一次元的な見方から、欲求充足と欲求不満という二次元的な見方にシフトした。また、欲求不満による代償行為、物質への依存・ルーチンへの固執・自我関与などが観測、理論化された。今後、多様な臨床サンプルを用いた、欲求不満と症状の関連性の追求が求められる。

心理的欲求と身体的欲求の相互作用について。現在、食事・睡眠・安全性・経済的状況などの物理的指標と心理的欲求との関連性を示唆する研究が多数存在する。今後、健全な動機付けは心理的欲求と安全・生理的欲求の充足が不可欠とする仮説のもと、実験的・縦断的分析を通じて、心理的欲求と身体的欲求の相互作用を解明することが求められる。

欲求支援と欲求妨害の実践について。SDT研究は当初から観察法と調査法が用いられてきたが、発展とともに(参加者間・参加者内)実験法や介入法なども試みられるようになった。数か月から10年という様々な時間枠にまたがる縦断的研究は、欲求支援の長期的効果を報告している。介入法においては、従来の欲求支援型および欲求不満型の実践のリストを改良または拡張することを試みている。

SDTモデルの普遍性について。SDTが発表された当初、行動主義者からの批判は避けられなかった。特に議題の中心になったのは自律性の欲求であり、要因の1つに自律性への誤解が挙げられる。自律性は単に独立を示すものではないが、そうした誤解が議論をかさ増しした。現在のSDTモデルの普遍性に関する議論として、心理的欲求の度合いの個人差、環境的・文化的・個人的要因による欲求充足(不満)の文脈の受け取り方の差がある。前者については欲求充足そのものが不可欠であることが示唆され、後者については「欲求充足(不満)がもたらされる文脈と状況」がそれらの要因により変化するものの「欲求充足(不満)がもたらすものとその経路」は基本的に普遍性が説けるとした。これにより、Aの国ではポジティブな効果が示された方策がBの国では有意な相関を示さなかった、しかしその方策の根幹である要素の実践はA,Bどちらにおいても有効だった、という現象が発生し、それを予測できる。

 

 

参考文献

Maarten Vansteenkiste, Richard M. Ryan & Bart Soenens. Basic psychological need theory: Advancements, critical themes, and future directions. Motivation and Emotion volume 44, pages1–31 (2020)